アドリア海からプラハまで (2011)

 

  欧州方面は何か、鉄道もメーカ標準が採用されるようになり、何処へ行っても同じ顔、石畳の街歩きももういいや!という感じになっておりましたが、昨年、アメリカ、コロラドの鉄道に乗りに行くことにつきあって呉れたワイフへのお返しということもあり、プラハ、ブタペストに行くことにしました。しかし、それだけではつまらないので、「アドリア海の真珠」クロアチアのドブロヴニクから、スプリット、ザグレブ、プリトヴィツェ湖群国立公園、スロベニアの首都リュブリアナから「アルプスの瞳」ブレッド湖を訪れ、鉄道でブタペスト、プラハに向かう20泊の旅に出ることにしました。

   

全ルート図            GoogleMap

 

 

 地図上に今回の旅のルートを示します。9月26日(月)に成田を出発し、クロアチア(Croatia)、スロベニア(Slovenia)、ハンガリー(Hungary)、チェコ(CzechRepublic)の中欧四カ国を訪れ 10月15日(土)に帰りました。ハンガリーとチェコでは、ブダペスト、プラハだけでしたが、クロアチア、スロベニアではいろいろ動き廻りましたので、別ルート図を作りました。クロアチアのスプリトからチェコのプラハ迄、鉄道での移動です。

距離は1719kmです。これは、仙台〜東京〜鹿児島に匹敵しますが、丸1日列車で移動した日が3日ありました。ツァーでは考えられない話ではありますが、これが、この旅のひとつの目的でした。ドイツ、フランス、イタリアなどのヨーロッパの中心をなす国の鉄道ではICE、TGVなどの高速列車が多く走り、機関車が客車を牽引する急行列車もオープンサロンの客車がほとんどを占め、味気なくなってしまいました。昔ながらのゆったりとしたコンパートメントの客車はほとんど姿を消してしまったようです。しかし、中欧と呼ばれるこの地域ではこれが残っているようですので、 それを期待して、鉄道でゆっくりと旅をすることにしたものです。長距離バスでの移動はミニマムにしました。ドブロヴニク〜スプリット間は鉄道が無く、バスでの移動を余儀なくされるようですが、アドリア海の島をぬって、観光沿岸フェリーが運行されているのを知り、ヨーロッパの人達のバカンスで名高い島々を眺めながら、これに乗って移動することにしました。しかし、バカンスシーズンは9月で終わるようで、9月29日が今年の最終運行でした。

 また、スロベニアのイタリアとの国境の風光明媚なホービン鉄道に蒸気機関車が、クラシックな客車を牽いて走る「博物館列車」が10月8日に運行されていることを知りました。ドイツ製の大型機が牽引するとのことで、これにも乗ることにしました。この2つが日程を制約することになりました。JALから航空券を求め、ホテルは3星を基準とし、ウェッブ予約サイト、もしくは、E-mailを交わすことにより、お手頃で、良さそうなところをとりました。ツァーに比べ、極めて、冗長性のあるスケジュールになりましたが、その旅の余白は街歩きを楽しんだりして、決して無駄にならなかったと思います。

  おおよその行程は下のアイコンをクリックしてご覧頂けます。

 

 

 26日にフランクフルトに1泊して、翌27日、飛行機でクロアチアのドブロヴニクに向かいました。

クロアチア

人口440万人、面積は九州とほぼ同じで、アドリア海に面し、北はハンガリー、西はスロベニア 、東はボスニア・ヘルツェゴビナ、セルビアに接しています。 旧ユーゴスラビアの国で、熾烈な内戦の結果、1995年に独立をを果たしました。その残骸もまだ各所にみられましたが、街は治安も良く、町並みもヨーロッパでした。

 

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 「アドリア海の真珠」と言われるドブロヴニクは周囲をボスニア・ヘルツェゴビナに囲まれたアドリア海沿岸にあるクロアチアの飛び地にあります。空港からの道はアドリア海に向けて切れ落ちた断崖の 上を行きました。半乾燥地帯の岩山には煉瓦色の屋根の家々がへばり付いており、イタリアのアマルフィー海岸、そっくりです。 城壁に囲まれたドブロヴニクが紺碧のアドリア海の上に現れました。海洋交易都市国家としてベネチア、アマルフィー 等と並んで繁栄していたとのことですが、今は世界中から観光客が押し寄せています。

 2泊して、この街を堪能し、9月29日朝、アドリア海の沿岸を行くフェリーに乗りました。

 

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ドブロヴニク、グルージュ港8:30出航し、丸一日かかり、スプリット着19:00でしたが、アドリア海の島々をゆっくり見ることが 出来ました。この船は週2便運行されておりますが、今年最後の便でした。 9月でアドリア海のバカンスシーズンは終わるようです。
 

スプリット

スプリットはクロアチア最大の港湾都市ですが、ローマ時代の宮殿の城壁に中に人が住み始め、街をを作ったという珍しい ところです。これは宮殿の城壁の正面です。外には広い道路は走っています。

 

 

正面から中に入るとローマ時代の神殿をベースにした教会があり、小さな家が狭い道を挟んで、ひしめきあっておりました。

 

 

                              

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 スプリットから首都ザグレブまで、クロアチア国鉄が制御振り子式気動車 を導入したインターシティ「ナギウニ」ICNという特急を走らせていますので、これに乗るつもりでした。しかし、どうもうまく、使いこなせないようで 10月1日スプリット8:50発ICN520はDLが牽く2両の客車列車での代行運転で、その為、ザグレブ到着は1時間程遅れました。 しかし、この路線はトーマス・クック時刻表でも景観路線に指定されているように、車窓にはパノラマが広がっておりました。

                        


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ザグレブ 中央駅には午後4時過ぎに到着しました。翌2日の午後のバスで、プリトヴィツェ湖群国立公園に向かい、4日に戻りました。この両日、クロアチアの首都ザグレブを探訪しました。   

 

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ザグレブ駅などで、会ったクロアチア国鉄の車を一寸ご覧頂きたいと思います。

 

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ザグレブからバスで2時間のプリトヴィツェ湖群国立公園は中国の九寨溝と同じ、石灰岩地層の湖群で16の大小 のみずうみが段差を持って連なっており、その間に風情のある滝があります。みずうみは澄明でコバルトブルーに輝いており、木の間を流れ落ちる滝は繊細な感じでした。日本には無いものでは ありますが、折から紅葉も始まり、十和田湖と奥入瀬の渓流を思わせる日本人好みの繊細な自然です。ここに2泊して3日に渡り、歩き廻りました。
 

ザグレブ〜リュブリアナ間IC310

 10月5日(水)朝、ザグレブからスロベニアの首都リュブリアナに特急列車IC(Inter City)で向いました。ザグレブ9:00発IC310は オーストリアVillach(フィラッホ)行です。クロアチア国鉄Class1142が客車4両を牽いて、ザグレブ中央駅1番線の東端のホームに着いておりました。

 

 

ザグレブから25分程で国境駅Dobovaにつきました。  20分停車し、双方の入出国のチェックが行われました。入国手続は厳しく、パスポートの氏名を見て、お尋ね者 リストにないか、センターに問い合わせるという入念さです。EC域国間では入出国チェックは全く行われないので、ここから、入れば、EC域内フリーパスということになりますので 厳重に管理しているとのことでした。 

スロベニアに入ると列車は速度を上げ、快走します。乗り合わせたアメリカの大学の化学の老先生がスロベニアの車窓に付いて説明してくれました。進行方向左側に旧ユーゴスラビア唯一つの原子力発電所が見えました。建設してから、40年の古いもので、福島の事故をきっかけにどうするか?問題になっているとのことでした。やがて、川に沿って走るようになり、ダムと水力発電所が連なっていました。廃止された水銀鉱山、ヨーロッパで一番高い煙突を持つ石炭火力発電所など先生のお話は尽きません。この先生、御歳81歳で、スロベニア出身ですが、アメリカに渡り、大学の教職に付いたとのことです。年金の支払った期間が20年にしかならなかったので、まだ、働かざるを得ないとのことで、世界各地に学生を集めるため、行っているとのことでした。

スロベニアに入ると牽引機はオーストリア国鉄OBBのClass1216とほぼ同じと思われるスロベニア国鉄Class541−0になりました。


2時間19分でリュブリャナ11:19定刻到着です。 

スロベニア

 

人口200万人、面積は四国と同じ、小さな国で、北はオーストリア、西はイタリアに接しております。EU加盟国で通貨も EUROです。旧共産圏の国ではいち早く、EUROになっております。 クロアチアと同じ、旧ユーゴスラビアの国ですが、長い内戦も経験せず、街はヨーロッパそのものでした。
リュブリアナ・ポストイナ洞窟城

 首都リュブリアナは人口35万の小さな都でした。

 

 リュブリャナ城から見た旧市街です。

 

 

 街の中心、三本橋とフランシスコ教会です。こじんまりとした清潔な街でした。

 ここから、列車で1時間程のところに、この国おトップの観光スポット、ポストイナ鍾乳洞 があります。欧州では珍しいようですが、こちらはいろいろなところを見ているので、興味がなく、近くの洞窟城に行きました。

 

             

 

 岸壁の洞窟に作られた大きなお城は面白いもので、お城の窓から、下界を望むとスリル満点でした。
 

ブレッド湖

オーストリアとの国境の近くのアルプスのふもとのブレッド湖は「アルプスの瞳」と呼ばれ、古くからの保養地であったようです。

 

     

 

 7日に、列車で移動し、ここでは最も格式のある5つ星ホテルに泊まりました。この旅、唯一の贅沢でした。みずうみに面した5階の角部屋で、座して 絶景を見ることが出来ました。実は開業80周年にちなんで、一泊、2食付で1名80EUROというキャンペーンに乗っかり、お安く 泊れたのです。 その上、温泉がありました。みずうみに面した1階に大きな温泉プールといろいろなサウナがありました。底から直接湧いており、正に源泉掛け流しすが、水温は22℃です。サウナで充分、身体を温め、プールに飛びこむというのが、ここの入浴の仕方でした。

 


 10月6日迄は雲一つない晴天が続きましたが、7日は一変し、ヨーロッパに冬の到来を告げる大雨になりました。雨は夕方には止み、 翌8日朝には日がさしてきました。山は雪で真っ白です。緯度の高いヨーロッパでは冬が来るのも早いようです。 湖底から温泉が沸いているようで、湖面から湯気が立っておりました。

 

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ブレッド湖の近くから オーストリアとイタリアの国境近くを渓流に沿って走り、車窓を楽しめるホービン鉄道を蒸気機関車が古い客車を牽いて 走る「博物館列車」に8日に 乗りました。蒸気機関車が牽く、古典客車に乗り、バスに乗り換え、イタリア国境近くの丘陵に広がる小さな村、ワイナリーをを巡り、再び、列車に乗って帰るというツァになっており、鉄道ファンでなくても、1日楽しめるようになっておりました。

 

スロベニア国鉄の様子を一寸ご覧願いましょう。

 

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 10月9日(日)スロベニアのブレッド湖畔のホテルを朝早く出発し、リュブリャナからインターシティIC247でハンガリーのブダペストに向かいました。

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ブダペスト南駅から徒歩3分程で予約したホテルに到達致しました。ブダペストは今回の旅の目的地のひとつです。3泊して、ゆっくり見て廻りました。 多くの系統があるトラムも魅力的でした。

 

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 ハンガリー国鉄の様子も一寸、ご覧願います。

 

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 素晴らしいドナウの夜景もディナー・クルーズで堪能し、12日にはブダペスト東駅から列車でチェコのプラハに向いました。

 

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 10月12日、16時過ぎにプラハ本駅に到着です。ここでも、駅待ちタクシーは利用しない方がよいとのことで、駅から遠くない宿を取りました。  13日はプラハ城などの観光ポイントを巡りましたが、トラムにも素晴らしかったと思いました。

 

 

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 プラハ本駅で会ったチェコ国鉄の機関車、電車などをご覧願います。

 

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20泊の比較的長い旅でしたが、旅の終わりはあっという間に来ました。14日、午後にはプラハ空港から、パリ経由で 帰国の途につきました。

 

参考資料&ウェッブサイト

 Google Map

  The Raifaneurope.net

  ヴィキペディア フリー百科辞典

 Thomas Cook EUROPEAN RAIL TIMETABLE SUMMER$\&AUTUMN 2011

  地球の歩き方 「クロアチア スロベニア」’11〜'12

 地球の歩き方 「ハンガリー」’11〜'12

イリューシン62様からのコメント「ブダペスト」に追加 (2012−1−7)

(2011-12-15)
(2015-4-8)整備更新


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