(付 信越線、高崎~横川間普通電車)

 1981年8月に身延線の戦前生まれの旧形国電が全廃になり、115系に置き換えると聞き、1980年1月に西伊豆で持った鉄道ファンの会の新年会の翌日、身延線を訪れました。友人の車に分乗し、伊豆箱根駿豆線を撮ったのち、東名高速で、身延線に向い、身延線がアンダークロスしたあたりで撮ったようです。

   
クモハ51(後尾)身延線富士行普通電車        入山瀬~竪堀          1980-1-20

クモハ51は関西の東海道・山陽線の緩行線を主に走っていた3扉セミクロスの電車で、貫通幌が飛び出しておりました。


クハ44(先頭)身延線甲府行普通電車         入山瀬~竪堀          1980-1-20


クハ44(後尾)身延線富士行普通電車         入山瀬~竪堀          1980-1-20

クハ47は横須賀線用モハ32の付随制御車と作られたものです。モハ32は17m車でしたが、クハ47は20m車で2つのドアは車端にあり、戸袋窓を除いて、16の側窓が並んでおり、壮観です。2つの窓に対応して、一組のボックスシートが設けられており、片側8組のボックスシートが並んでいたとのことです。
この2枚の写真のクハ47は前面の形状が異なります。上の写真は幕板も狭く、屋根端の雨樋も直線で、モハ32と同じ、引き締まった表情を見せていると思いますが、下の電車Hゴム窓でもあり、サハ48の改造車ではないかと思われます。


クモハユニ44802(先頭)身延線甲府行普通電車         入山瀬~竪堀          1980-1-20

 横須賀線用に作られたクモハユニ44が低屋根化して、800番台になり、身延線に入りました。


信越本線(高崎~横川) 


クモハ60(先頭)信越線横川行普通電車        高崎          1974

 信越本線、高崎~横川間の普通電車にも旧型国電が走っておりました。1962年の電化当初はクモハ40単行でしたが、1974年頃ではクモハ60などの3連で運行されていました。

 
クハ二67-900番台(後尾)信越線横川行普通電車        高崎          1974

 高崎寄りにはクハ55を改造したクハニ67-900番台が連結されていました。

 飯田線、身延線をはじめとして、信越本線、中央本線などでも、スカ色の旧型国電が走っておりました。バラエティに富んだ表情をしており、楽しめましたが、私鉄に注目しておりましたので、ほとんど撮っておりませんでした。

謝辞
 フォルダーに正体不明の旧形国電の画像がありました。
 50年来の友人、むーさん、篠さん、友さんに教えて頂き、撮影場所、時期などが判明し、纏めることが出来ました。
深謝したいと思います。

参考ウェッブサイト

  ウィキペデイア、フリー百科辞典 「国鉄40系、42系、51系」

(2019-6-26)


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