シンガポール・マレーシアぶらり旅(その3)

 シンガポール駅から乗車したマレーシア鉄道の列車は、DLに引かれスピードを上げて北へと向う。ゴムの木と椰子の木が見えるが、いささか退屈になる。列車の編成は、DLの次にデイゼルの電源車。私達の乗る1等車、食堂車、2等が5両つながる。男性の係員が2人来て切符を確認するが、先の人が切符を見てから、飲み物を聞いたのである。後の人が、本当の車掌らしく、件の切符は返してくれたので、大切にパスポートにはさみ、首からぶら下げた「袋」にし舞い込む。
良く揺れるが、茶色の川や湿地帯に差し掛かると徐行する。雨は、上がったがその余韻が川に現れていたのである。
 昼飯の時間になったので、駅弁を開く。限りなくコンビニ弁当に近い。箸袋により「みの久」と言う事が判ったが、鳥のから揚げの他に蒲鉾、野菜の煮物、卵焼きなど和風には間違いない。

車内には、女性が足しげくビニール袋をぶら下げて往復するので、早めに持って行ってもらう。米は,タイ米である。熱いコーヒーが、それでもきちんと運ばれてきた。インスタントであるが、白のプラカップにふたつきである。通路の向こうの太った男性は、アイスである。これらは、サービスなのであった、ビールは輸入品であるから、無いのだ。

マレーシアの最初の駅から、乗り込んだ日本人3人連れが、席を移動して、話掛けてくれた。ご夫婦と女性がプラスで、女性は、現地にご主人と住まいを移したので、今回は、鉄道に乗りたいと言う新潟からのご夫婦を案内しているとのこと。やはり、マラッカ1日観光のことなので、下車駅が同じとなるので、安心して話し込む。現地では、ガラスの会社勤務の由であり、話は尽きない。マレーから乗れば、汽車賃も、グット安い様である。ついでに税関で呉れた「出国カード」の判らないところを教えてもらう。何しろ英語の辞書ナシで「イエスかノー
か」と印をつけるのは、試験以上に気を使う。
家内達が、話が弾んできたので、コレ幸いと食堂車に行く事にした。客は、少ないが、先ほどコーヒーを配っていた男性が、カウンターに居り、厨房には男性1人。焼きそばとチャーハンを作っている。私は、サンドウイッチとコーヒーを買い、プラスチックの派手なイスに落ち着く。ドイツ人は、カップヌードルを楽しんでいた。

やがて、3人連れも昼飯を摂りにみえたので、席に戻る。Kluang1240,Paloh1308、Segamat1408そしてGemas1445。ここは鉄道の分岐で右の方面は、半島の中央を抜けて東海岸に向う。ホームには、SLが展示してあるが、買ったばかりのデジカメに手間取り、頭の切れたドジを作品に残す事になってしまった。発車後構内には,廃車体がごろごろしているが,撮る気にならない。

 

今乗っている客車は、韓国製である。やがてTampinと車掌が知らせに来てくれ、慌てて下車の用意をする。停車する前から、ホームには、ブルーのシャツを着た青年が、外から扉を開けて「宮さーん」と言う。良く見ると、HISの文字をちりばめた、派手なシャツである。

3人とは別れて、マイクロバスで、マラッカ市内へ直行。1334着の予定が1545になってしまったが、連絡があった由で、なんら問題ないという。中華街の寺院に先ず案内される。お線香を買い、1本ずつ挿して、はるばるお参りに参りました、、、と念仏が判らないので、ごあいさつをにょごにょごと手を合わせる。独立広場には、DLと客車が展示してあり、パチリ。

 

 

マレーシアは、中国・スペイン・オランダ・イギリス・日本が順に渡来し、ついに独立を果たし多民族が仲良く共存しているとガイドのウイさんが、熱烈に話をしてくれたのが印象的であった。彼の名前は「OOI」と書くそうである。

 最後にニョニャ料理の店で、タイガービールに再会する。現地料理と中華料理をミックスした家庭料理なのである。えび、牛肉、青菜炒め、豆腐、もやし炒めの5皿でした。デザートは、黒砂糖とココナツのぶっ掛け氷でした。

食後、市内の「CITY BAYVIEW」ホテルに送り届けてくれ、ついでにホチキスで乗車券と出国カードをシッカリととめてくれた。部屋からは、マラッカ海峡が望めたが、曇りで夕日は、次回の楽しみになってしまう。

ガイドと運転手は、同じホテルに泊まると言う。列車が遅れた恩恵の様であり、マレーシア航空直営になっているホテルの宿泊を楽しんでくれれば、こちらもハッピーである。

 マラッカの朝は、雨、、、朝食は、食べ放題でゆっくりと味わう。アイスクリームは5色もあり堪能する。ガイドと運転手も同じ食堂で楽しそうである。10時出発で高速道路を165キロ走り、クアラランプールへ。彼らは、私達を迎えにきて案内し、今日は、戻るコースなのだ。
途中大きなジャスコがある。市内のFEDERALホテルに昼前チェックイン。彼らは、事務所に戻ると言う。自由の身になったので、別れて先ず
モノレイルのBukit Bintang(山と星の意)に行く。大通りのど真ん中を走っているのだ。熱い国らしく、屋根は、白のテント張り。見た目も涼しそうであるが、曇っているとはいえ蒸し暑い。年中32度前後の由であるが、ビジネスマンは、背広ネクタイも見かける。
日立アルウエグ方式だが、国産である。中央分離帯に建設されているので、市内見物に適している。各駅は同じ構造で、乗降も多い。カードを使い回しするシステムで、駅名を言わなければならないのが、冷や汗モノであるが、セントラル!は通じた。

 

改札、ホーム、車両、車内など撮りながら、クアラランプール中央駅終点へ。イスは、白のプラで、配置は、昔の羽田モノと同じである。走行輪の上が背中合わせでドア間は、窓側ロングシートである。クーラーは、がんがん効いている。ガイドによると冷やすのがサービスとのことであった。終点は、1本ホームで浜松町と同じ。改札を出て道路を渡ると中央駅までの通路は両側に店が並ぶ、タクシーがいる道を歩き人の流れに従い、エスカ、エレベで2階に上がるとコンコースなのであるが、ここにも店が並びJRの川崎を19倍にしたくらいである。コミュータの表示の切符売り場、
改札などを撮りながら、様子を伺う。自動機は、判らないので、麗しき女性の窓口でたどたどしく駅名を告げたら、カードを呉れる。ここも使い回しのぺらぺらカードである。初乗りの1リキッドであるから30円である。国電と言う感じで、2ルートある。

 

 

4駅目のバンダールタシク Selatanで下車。地図がなければ不可能だが、ルート図さえあればぶらり旅もなんとかなりそうである。発車してゆく車両を撮り、反対側のDLの客列車を撮り、やおら階段を上り、改札口に行ったら、先ほどのカードが見つからない。さて、困ったナーとボックスを覗いたら誰もいないが、改札に寄りかかっていた人が駅員だったので、なんだ?

と現地語で言う風だから「マイチケット、フオアーゲット」と言うと「降りるのか?」風の発言なので「イエス」と言うと、素早くラッチをあけてくれる。気楽な風情で誠に助かり、駅前にでて駅舎を撮ろうとしたが、木が茂り広場の屋根が写るショットになってしまう。この駅は、LRTとの接続駅なので地図を見ながら「Masjid Jamek」と言うと女性が、カードを呉れる。良く判らないので、ままよと有り金を適当に差し出したら、拾い出したので一件落着。
ホームに上がると立派な鉄道である。スタイルは、悪いが、サードレイルで6両のアドトランツ製の連接車。ロングシートは、ステンレスであり、郊外地区は、地上を走りまもなく高架となって市内は、アンパンからの線が合流する。高層ビル街を遠望しているうちにマスメットジャメに到着。

 

地上に降りると道路は、自動車の渋滞で、排気ガスが凄い。電車系が喜ばれている理由が良く判る。地下に降りて次の乗り物にトライ。今度は、リニアで無人である。ホームドアがあり、ナカナカ混雑しており、地下は、都心のみでまもなく地上に出る。セントラル駅には、3階に滑り込み、アクセスは、抜群である。ボンバルデイア製で、バンクーバーのスカイトレインの亜流で、デザインは向上している感じ。

 

短編成で、フリークエントでここは、ホーム柵は無い。発車後国電をオーバークロス。次の駅で下車し、眼下を走る先ほど乗って見たコミュータと空港連絡鉄道を撮れる場所をホーム端に見つけてしばらく行き来を眺めてから、中央駅に戻る。

2階の賑わいを撮りながら、モノレイルに再び乗り、時間切れでホテルに何食わぬ顔で戻る。さて、夕食であるが、館内をうろついた結果、B1の「鮨処 前島」に飛び込む。カイザービールを飲みながら、付き出しの油揚げと菜の煮物、ひらめ、茶碗蒸し、あなご付け焼き、そして家内は、地鶏の塩焼き、てんぷらそばと日本語の飛び交う店内の違和感を楽しむが、値段は、日本国内と同じレベルであるから、高いのだろう。ここは、カード支払いとし、部屋に戻って早寝の優等生となる。(この項続く)

(2006-6-12)