西鉄北九州線北方支線(1964年 )
小倉魚町から南に向かう4.6kmの北方支線がありました。、ゲージは1,067mmで他の北九州線と異なり、独立していました。 この線の歴史は古く、馬車鉄道に始まり、昭和2年(1927年)に小倉電気軌道により、改軌、電化、全通させたましたが、西鉄統合前に九州電気軌道に吸収合併されました。

301系 301 北方車庫 1964-4-26
昭和39年(1964)年当時、小倉電気軌道時代の木造単車がありました。しかし、予備車的存在で、北方車庫の片隅に置いてありました。
この年の11月で、単車は全て、廃車になったようです。

301系 301の車内 北方車庫 1964-4-26
シンプルな車内ですが、エアーブレーキは無く、ハンドブレーキのみです。これは、当時の単車の多くは、そうでしたが、やはり安全性の問題もあり、西鉄としては、福岡市内線の単車のボギー車への置き換えに続き、北方線でも単車の廃車に注力したのでしょう。

323系 323 北方車庫 1964-4-26
その置き換えの為、先ず、ボギー車321系、321,322を昭和23年(1948年)に作り、少し間を置き、昭和31年(1956年)に作った323系、323,324は都電杉並線の2501形をベースにしたバス形軽量車体の半鋼製ボギー車ですが、その特異な前頭部より「馬づら電車」と呼ばれていました。

323系 324 北方車庫 1964-4-26
その愛嬌のある顔の為か、北方線、廃止の後、324は土佐電鉄に貰われて行き、現在、ビール電車などに使われているようです。

331系 339 魚町 1964-4-26

331系 340 北方車庫 1964-4-26
西鉄の方針のようで、昭和32年(1957年)より、連接車を新製しました。全長は本線18mであったのに対し15mであり、小ぶりでしたが、角ばった感じはスイス、チューリッヒの古いトラムに一寸似ていました。 昭和35年(1960年)製の339、340は前面窓のアルマイト枠が特徴的でした。
北方支線は、昭和55年(1980年)に西鉄の軌道線としては、福岡市内線に続き、北九州線としては真っ先に廃止されました。モノレール建設の為でした。
参考文献
鉄道ピクトリアル1969年12月号通巻231号 私鉄車両めぐり(79)西日本鉄道
(2007-2-6)