スペインゆったり旅 (2006年)

スペインに行きたいと、かなり前から考えていました。1668mmゲージという世界的に最も幅の広い広軌の鉄道に乗りたいということでした。しかし、首絞め強盗などが出没するヨーロッパでは最も治安の悪いところのようで、個人で、気ままに旅をするのにはかなり気掛かりでした。しかし、ある旅行商品のポスターで見たロンダ(Ronda)にも行きたい、バルセロナのサクラダ・ファミリアにも惹かれます。又、美味しいものもありそうだということで、やっと、行く決心が付きました。

  そろそろ、古希を迎えようとする身には、スペインまでの18時間、飛行機に乗り続けるのは、いささか疲れます。JAL梧空21という早割り航空券では乗り継ぎの都市で、一泊することが出来ます。パリで一泊した後、 最も治安の悪いマドリードをスキップし、アンダルシアの州都、セビージャまで、直接、飛びました。

 今回はアンダルシアの見どころを廻り、グラナダからバルセロナまで、飛び、そこから帰りました。

 セビージャから、コルドバまで、スペイン新幹線AVEで往復しました。

 セビージャからアルヘシラスまでは路線バスで、移動しました。アルヘシラスはジプラルタル海峡に面した港町で、モロッコへのフェリーが出ており、北アフリカの諸国に対するスペインの玄関口です。英国領のジプラルタルとそれとジプラルタル海峡を挟んで、アフリカのモロッコ側にあるスペイン領セウタに行きました。地中海の喉首のジプラルタル海峡は古くから、戦略上重要な場所ですので、このような特殊な領地が生じたのでしょうが、どんなところか?行って見ました。

 アルヘシラスからロンダを経てグラナダまでは、renfe(スペイン国鉄)で最も景色が良いといわれるローカル線に乗りました。

 ロンダ以外では必ず2−3泊して、ゆっくり、街を歩きました。9月26日に出発、10月9日帰国、14日間の旅でした。パック旅行ではスペイン全土の主な観光地に行けると思いますが、列車と路線バスを頼りに行く旅では、その三分の一程度しか、廻れません。でも、街をゆっくり探索し、うまそうなものを見つけることが出来る旅も捨てたものではありません。

 

その印象をほんの少しをお話したいと思います。

1.セビージャ

 コロンブスが出航した街、カルメンの舞台の町ですが、スペイン新幹線AVEの終着駅でもあります。アンダルシア州の人口70万人の中都市です。街の中心の大聖堂(カテドラル)から延びているサンタ・クルス街(Barrio de Santa Cruz)はいわゆる旧市街ですが、狭い石畳の道を挟んで、南欧特有の白やベージュの家並みが並んでおり、お金持ちの家の中庭も覗き見ることが出来ます。すこし、かじったNHKラジオ、スペイン語の先生が「伝説と魅惑の街」なんて言っていましたので、この街の中の小さなホテルを予約しました。南イタリアの都市の旧市街は荒廃しており、犯罪多発地帯になっていましたが、ここは、高級住宅街もあり、 それとは違うようでしたが、実際に行くまでは、やや不安でした。

 

サンタクルス街の小さなホテル

 

 近くには、レストラン、バールなどがたくさんあり、安く、美味しいものが気軽に楽しめ、極めて安全なところでした。ここは、南欧スペイン、本当に安全??と少し疑いましたが、深夜、フラメンコショーから、細い道を歩いて帰りましたが問題はありませんでした。街の探訪の為、少し、歩きましたが、迷路のようで、帰れなくなるのではないかと、適当なところで止めました。街の住人が比較的富裕で、「泥棒が出ても、入られることは無い」江戸の長屋のようなことが無い様で、外部からの泥棒は複雑な街の中で、袋のねずみになるので、入ってこないようです。これは、イタリアでベネチアが最も安全であることと同じ理屈のようです。ともあれ、食べることは、充分に堪能させて、貰いました。

 観光の目玉はセビージャ大聖堂で、コロンブスが眠っています。コロンブスの棺は4人の王により、担がれており、観光客が周囲に群がり、写真、ビデオを撮っています。なにか、コロンブスもゆっくり寝て居られないようです。バチカンのサン・ピエトロ寺院に負けない巨大な聖堂を作ったとのことですが、モスク跡地に建てたので、幅が広くなり、カソリックの聖堂としては、異形です。

 

 

アルカサル(セビージャ)の庭園

 その横のイスラム様式の宮殿、アルカサルは庭園が見事でした。グラナダのアルハンブラ宮殿より、立派な感じでした。

2.AVEでコルドバ往復

 セビージャからコルドバへは、スペイン新幹線AVEで45分です。大きいバックを持たず、コルドバまで、日帰りです。往きはAVEのディスカウント版、AV"Media Distancia"、帰りはAVEに乗りました。

 詳しくは、下の写真をクリックして、ご覧ください。

 

[この写真をクリックするとAVE、在来線の列車などがご覧になれます]

 

3.コルドバ

 コルドバはセビージャの半分の規模の街で、メスキータと呼ばれるイスラム教のモスクをキリスト教の寺院にしたものが観光の中心です。 白と赤系の色の石材を交互に組み合わせたアーチが円柱に支えれたものが無数にあり、広大な空間を作っています。メスキータの前から、旧市街の細い路地が入り組んでいますが、土産物屋が並んでいる中を大勢の観光客が行きます。いずこも同じ、観光地の風景です。やや、うんざりして、メスキータの隣のアルカサルに行きますと 、入口に結婚式に向かう人たちが集まっています。アルカサルの中の教会で、結婚式を挙げるようです。ここのアルカサルは宮殿というより、城砦の感じですが、庭園が見事で、長方形の大きな池の周りから無数の噴水が上がっています。灼熱の半乾燥地帯のアンダルシアでは、水は貴重で、盛大な噴水はなによりのものであったのでしょう。訪れた9月29日も30度を超える暑さでしたが、この庭園の水辺では何人もの花嫁が記念のスナップを撮ってもらっています。この日はスペインの大安であったのかも知れません。

 

アルカサル(コルドバ)の庭園

 

4.アルへシラス ーセウタ、ジプラルタル

 3泊したセビージャからアルへシラスまで、中距離路線バスで移動しました。3時間半かかりました。セビージャのバスセンターは巨大で、国鉄のサンタ・ホスタ駅より、活気があります。

 アルヘシラスは若いバックパッカーを除き、観光客の姿は無く、港を見下ろすホテルからの風景もやや殺風景ですが、いずこも同じ、土産物屋街を多くの観光客と歩いて来た目には新鮮に感じられます。ここに来た目的はジプラルタル海峡に面したセウタとジプラルタルに行くことですが、ロンダ、グラナダに行くローカル線の始発駅でもあります。

 着いた30日には午後、早速、フェリーでセウタに行き、翌1日はジプラルタルを訪れました。

 ホテルの窓からは港の向こうにジプラルタルの岩山が望めます。

 

朝日に輝くジプラルタル

[この写真をクリックしますとセウタとジプラルタル訪問記がご覧頂けます]

 

 

 人口10万人のアルヘシラスには観光の目玉になるものはありませんが、街の中心に絵タイルが美しいアルタ広場がありました。

 

 

 

 ドンキホーテ、サンチョパンザの絵タイルのベンチがあり、市民の憩いの場のようでした。

 

5.ロンダ

10月3日アルヘシラス12:10発のREGIONAL EXPRESS(地域急行)に乗って、ロンダに向かいました。急行と言っても4両編成のディゼルカーで、ロンダまでは、ほぼ各駅に止まり、約2時間で到着しました。

 アルヘシラス〜ロンダ〜グラナダの鉄道の旅は下の画像をクリックして、ご覧ください。

 

REGIONAL EXPRESS グラナダ行 アルヘシラス駅

[この写真をクリックしますとアルヘシラスからグラナダまでの鉄道の旅がご覧頂けます]

 

 ロンダは岩峰の上に築かれた人口3万5千人の街で、岩峰は鋭角に切れ落ちており、下を見ると目がくらみます。

 

崖上のロンダ新市街                            崖上のロンダ旧市街

 

 このような険しい山の上の街は南仏ニース近郊のエズなど、鷲ノ巣村がありますが、ロンダは旧市街と新市街が別の岸峰上に あり、この間にグアダレビン川の深い渓谷があることです。この間を結んでいる18世紀に作られたヌエボ橋がこの街の最大の観光ポイントです。

 

新市街の公園から見た下界                            ヌエボ橋上

 

崖の下には広々とした畑と農村風景が広がり、飛行機から見下ろした感じです。ヌエボ橋は現役で、車もたくさん走ります。

 

横から見下ろしたヌエボ橋                     崖の中腹から見上げたヌエボ橋の全景

 

 右は橋の新市街側の袂にあるパラドール(国営古城ホテル)から見下ろしたヌエボ橋です。巨大なレンガ作りのアーチ橋です。左は旧市街の崖に付けられたジグザグ道を下り、崖の途中から見上げた橋の全景です。左上のパラドールがとても小さく見えます。この橋が18世紀に作られたとは信じられません。

 

6.グラナダ

 余りにも有名なアルハンブラ宮殿のグラナダです。丘の上の広大な庭園の中にいくつかの宮殿が点在しており、イスラム様式の宮殿の最高傑作とされるナスル朝宮殿は精緻な大理石の幾何学模様と池を中心とした中庭の調和が特徴的です。

 

中庭の庭園が素晴らしい

 

アルバイシン,サン・ニコラス展望台から見たアルハンブラ宮殿

 

 でも、グラナダ最古の街、アルバイシンの丘よりシェラネバダの山並みを背にしたアルハンブラ宮殿がやはり最高だと思いました。

 

7.バルセロナ

 グラナダからバルセロナ迄、夜行のHotel Trainの利用も考えましたが、インターネット予約で、安く飛べましたので、飛行機にしました。

 バルセロナではサクラダ・ファミリアがお目当てでしたが、8Euro払い、入ると中は正に工事現場でした。建設が続いていることは承知していましたが、大部分は教会として使われ、工事はかたわらで行われている ものだと思っていましたが、全くの建設中で、ミサが行われた形跡もありません。宗教行事が行われることにより、カソリックの聖堂も荘厳さが増すものと思いますが、これでは全く魂の入らない単なる奇妙な建造物です。グエル公園、カサ・ミラ、カサ・パトリョとガウディ関連のところを巡りましたが、カサ・ミラの屋上から遠望したサクラダ・ファミリアが最も良かったと思います。

 

カサ・ミラ屋上よりのサクラダ・ファミリア

 

夕暮れのランブラス大通り

 

 バルセロナで印象に残ったのはランブラス大通りです。真ん中に幅10m程の遊歩道があり、その両側に1−2車線の車道、更にその外側に通常の歩道があるという余り類を見ない道です。市の中心、カタルーニャ広場から、海に面したコロンブスの 塔まで2kmほど続いており、その中程から、旧市街、ゴシック地区に入れます。 正に、バルセロナの銀座通りですが、遊歩道の端には花屋、キオスク、意外なのは小鳥を売っている店がありました。このような通りはパリに少しあったように思いますが、他に類を見ないものです。毎日、お祭りのような人出で、大道芸を楽しみながら、そぞろ歩きをしていました。バールやレストランも多く、近くに宿をとりましたので、毎夕、ここに繰り出しました。

 鉄道ファンとしてはあまり活動せず、黒いマリア像で有名なモンセラットにカタルーニャ鉄道で行っただけでした。

 

モンセラットの登山電車

[この写真をクリックしますとカタルーニャ鉄道・バルセロナのトラムがご覧頂けます]

 

 

 バルセロナには2003年に開通した新しいトラム(LRT)がありました。上の写真をクリックして、ご覧願います。

 

8.ガストロノミー

 8日の夕方にはバルセロナ空港から、帰国の途に付きましたが、その機中で、日本に観光に行くという銀行マネージャーに捕まり、乗り継ぎのアムステルダムまで、日本に対し、いろいろ、聞かれました。どうやら、英語ガイドのパックツアーに参加のようで、そのパンフレットを見せて呉れました。その中で、Gastronomyという項があり、やきとり、親子どんぶりなどという、居酒屋、食堂メニューが写真付きで載っていました。居酒屋が人気のようで、うまくて、安いところを教えるように言われました。

 そういえば、こちらも、バールとか、安レストランで専ら、食事をしました。安くて、美味しいものがたくさんありましたので、ガストロノミーという一項を加えました。

 魚介類が多いのはイタリア以上で、その調理法も変化に富んでいます。特に、注目したのは、焼き魚でした。直火で焼くというのは魚のうまさを最も良く引き出す方法と思いますが、海外では余りありません。オーストラリアのシドニーにバルカンシーフードという店頭で、魚を炭火焼にしている安レストランがありましたが、和食レストラン以外では、数少ない経験でした。店主はクロアチア出身とのことで、 その近くに行けば焼き魚はあると思っていましたが、イタリアでも殆どはオーブンで焼きます。しかし、スペインにはありました。それも、極めて一般的な調理法のようでした。

 

      すずきの塩焼                舌びらめの塩焼               いわしの塩焼    

 

      魚の塩焼の盛り合わせ                     いさきの塩焼分解中                いさきの塩焼のなれの果て 

 

     小魚の唐揚                魚の煮込み鍋

 

 いろいろなお魚が塩焼きとして出てきます。尾頭付きで丸のまま焼くもの、開いて焼くもの、切身等、姿もいろいろですが、焼いただけで、レモンを添えて出すもの、ガーリック風味のついたオリーブ油をかけてだすものがありました。日本では舌びらめは高級魚で、ムニエルにしますが、アルヘシラスのバールでは立派な舌びらめが焼かれて出てきました。バルセロナで立派なイサキが美味しそうに焼きあがって来ましたが、写真を撮る 間もなく、ウエートレスの手で分解され、身だけをサーブされました。塩焼き以外にも小魚の唐揚はバールの定番料理でのようです。

 

  タパスもいろいろ

 

セビージャのタパス

 

コルドバのタパス

 

グラナダのタパス

 

バルセロナのタパス

 

 スペインのバールの小皿料理タパスは有名で楽しみにしていました。セビージャに着いた時、簡単な昼食と思い、宿の近くのバールでと摂ったタパスセットにはまぐりの酒蒸し(のようなもの)があり、美味で、それから、各地で、タパスを食しました。タパスと言っても、各地で大きく異なりました。セビージャでは葉っぱの形をした一寸しゃれたお皿で供されましたが、コルドバでは、楕円形の一寸無骨なお皿に盛られています。ここでは、冷たいスープ、ガスパッチョもタパスとして出されます。グラナダのレストランでは、大皿に盛られています。量も多く、夕食でしたので、4皿のタパスにパエリアを頼もうと思いましたが、4皿で充分とウエーターに言われました。上 の写真のいわしの塩焼きもタパスの一皿でした。バルセロナのバールのものはこれとは逆で、ワインのおつまみで、小さな皿に、アンチョビの串が2つ(写真の上方)、茹だこ串、2つ(その手前)なんていうものでした。手前の少し大きなお皿ははまぐりの塩茹で?で、これは、一寸、値が張りました。

 

海鮮盛り合わせ

 

 最後に、バルセロナで、海鮮盛り合わせを頂きました。白身魚の大振りな切り身、2種類、鮭の切り身、車えびなどのえび3種類、ムール貝、はまぐりを焼いたものが大皿に山盛りです。これだけで、満腹です。

 お魚だけでなく、名物のイペリコ豚の生ハム、塩焼きなどを食しました。生ハム、ソーセージの類はヨーロッパの他の国でも同じですが、塩分が強く、減塩が常習化している身には塩がきつ過ぎました。 日本ではスペイン料理の主役のパエリアも何回か頂き、それなりに美味しかったと思います。

 街の中心に宿を取りましたので、いろいろなバール、レストランで、好きなものが食べられ、旅の大きな楽しみの食は大いに満足できました。

 

その他、雑感

 

 スペインの伝統技能も体験することが出来ました。

バルセロナの地下鉄、スペイン広場駅の改札前の階段を下りるとき、尻に誰かが触った感じがあり、おかしいと思い改札前で立ち止まり、おかしい人がいると先行していたワイフにやや大声でいったところ、後ろからきた小柄なおばさんが改札前でこちらを見て、これはあんたのめがね?のようなことを言って、布のサックに入っためがねを差し出しました。落とした覚えも無いのだが、サンキュウと言い、受けとりました。

小型ビデオカメラ、小銭、めがねを入れたポシェットを、腰痛が少し出たので、やや楽になる感じがありましたので、後ろにそれを廻していたのですが、このチャックが開いており、このおばさんが掏ったのだと分りました。おばさんにには不幸なことに掏ったのがお金にならない老眼鏡で、改札口の袋小路で、被害者?と出くわしてしまったのです。体力的な非力なおばさんは金目にならないめがねを返して、退散したというわけなようです。

このおばさんは大きくてこわそうなスペイン人のおばさんとは明らかに違う容貌、体格で、伝統的に掏りを生業としている人ではないこと思います。

ということは、スペインの伝統技能を味わうことが出来たなんて悦に入っていましたが、待てよ、昨夜、小銭入れをなくしたのは どこかに落としたのだと思っていましたが、どうやら、掏られたのかも知れません。でも、精々6Euroぐらいしか入っていませんでしたので、鑑賞料と思えば、諦めが付きます。

その上、教訓を得ました。

 (1)ポシェット、バッグの類は必ず、前に置くこと!そのつもりで、地下鉄の乗客を見ると、皆さん、バッグの類は前におき、

   手を置いています。この伝統技能は昔からあるので、かもにならないような行動が身についているようです。

 (2)ポシェットの他のポケットには300Euroぐらいの紙幣を直接入れていましたが、これは無事でした。

   ポシェット、ハンドバッグなどに財布を入れてこれにお金を入れておくというのは、最も掏られやすいのでしょう。

 

次に、言葉の話ですが、ラテン諸国では英語が通じないと思い、70の手習いで、スペイン語をかじりました。

しかし、イタリアに比べ、街中でも英語はかなり通用するのではと思うようになりました。

レストラン、カフェ、バールなどでは、英語を話すか、話さなくても理解できる人が多いようです。

メニューにも殆ど英語が併記されています。

帰りの飛行機の中で、話掛けられた銀行マネージャの人によるとスペインにはセカンドハウスやリタイヤー後、住むイギリス人が多く、必然的に英語が必要になる為、英語を話すスペイン人が多くなるとのことです。

でも、バス、タクシーのドライバーは英語は話せませんし、スイスや北欧のように誰でもしゃべるというわけでもありませんので、 スペイン語を少し、覚えておいたのは道を聞くとき等、便利でした。

 

(2006-10-25)
(2015-4-7)整備更新