5月22日から30日まで、ちょっと妙な旅に出かけておりました。築50年近い埼玉の鄙の家のリホームを思い立ちました。安普請でしたので、どうかと思いましたがウェッブサイトのリホーム業者紹介サイトで紹介された3社にリホームに値するか?という見積ベースの調査をお願いしましたら、土台などしっかりしており、リホームの価値はあるとのこと。埼玉の冬は厳しいので、断熱対策と足腰が覚束なくなりましたので、階下にベッドルームを設けること、老朽化した屋根や外壁などの補修を目的としたリーホーム工事実施することになりました。今回は、水回りには手を入れないので、住みながら、工事を進めることになりましたが、部屋の改装などの時は、居ないほうがが、やり易いとのことで、ちょっと長い旅に出ることになりました。北九州の孫の高校入学のお祝いを兼ねて、九州方面に行くことにしましたが、九州、中国地方は行き尽し、周辺の島、ビートルで韓国まで行ってしまいました。


                   (Google map )

結局、四国に高松まで飛び、小豆島を巡り、JR四国「マリンライナー」で一旦、岡山県の児島迄行きそこから、JR四国特急「しおかぜ」で瀬戸大橋を渡り返し、新居浜で2泊。最近、話題になっている近代産業遺産「別子銅山」を見ました。新居浜から八幡浜。ここから、九州に向って、ひょろひょろと玉ねぎのひげのように伸びている佐田岬半島の稜線を行く、メロディーラインを突端に近い三崎港まで、タクシーで行きました。三崎港から大分市佐賀関までフェリーで1時間10分。大分から孫のいる北九州市戸畑駅まで、JR九州特急「ソニック」で2時間はかかりません。2泊して、また「ソニック」で大分に戻りました。大分の温泉もよく行きましたが、豪快にたくさんの湯滝が落ちる筋湯温泉を再訪しました。別府に戻り、かって別府のシンボルと言われた杉乃井ホテルで1泊し、大分空港から帰途に着きました。御年81歳のよぼよぼ爺さんのお値打ちな宿を巡り、ゆっくり歩いた旅でした。

22日は遅いJAL便で高松に入り23日は久しぶりの高松を見るつもりでしたが、大雨でした。幸い高松駅周辺の歩道には屋根があり助かりました。日本では珍しい端頭駅で、ガラスのドームにニコマークが微笑んでおりました。「SIKOKU SMILE STATION」です。

ホームにドームはありませんが端頭駅の雰囲気はあります。岡山行き快速「マリンライナー」、高知行土讃線特急「しまんと」、松山行予讃線特急「いしづち」が並んでいました。

松山行特急「いしづち」の新形特急電車8600系はユニークな顔立ちです。高松からの「いしづち」は3両編成。岡山からの5連の「しおかぜ」のうしろに宇多津で併結され、松山に向います。

8000系も「しおかぜ」「いしづち」として活躍しておりました。 岡山行「マリンライナー」高松寄りに2階建ての車をつないだJR四国5000系3両JR西日本225系2両の5両編成で運転されており、岡山から新幹線に乗り、神戸、大阪まで安く、速く行けるフリー切符が発売されており、乗客も多いように見受けられました。 JR四国のドル箱かも知れません。

新形特急用気動車2600形もおりました。今回の先行試作車は空気ばねを使った車体傾動装置を装備しておりますが、カーブの続く土讃線では使えないことが判明。量産車は従来の振り子式になるとのこと。

この特急「うずしお」徳島行は185系ですね。

高松琴平電鉄(琴電)の高松築港駅はお城に沿って、ひっそりとただずんで居りました。今は琴平線と長尾線が乗り入れておりました。

殆どが京急旧1000形でしたが、京王旧5000形と思われる電車もおりました。


京急のラッピング電車が来ました。お顔は2100形の色分けでした。京急と琴電の車番を記したトレーンマークもついていました。
 2時前の高速船で小豆島に渡りました。土庄港までわずか35分でした。宿泊の小豆島シーサイドホテル松風はお料理が素晴らしく、今までに泊った旅館でダントツトップと思いました。バジェットトラベラーには嬉しい1泊2食、税・サ込約12,000円ですがじゃらんの口コミ4.7に惹かれて、予約しました。近ければ、もう一度来たいと思う宿でした。実際にリピート客が多いようでした。                                                          翌24日は定期観光バスで小豆島巡りです。銚子溪の猿、寒霞渓、島の88ヵ所札所の一つ、24の瞳の映画村、オリーブ村などに行きましたが、好天気でそれなりに楽しめました。24の瞳のイメージの強いこの島は過去の観光地と思っておりましたが、定期観光にも31人の客があり、2万8千人の人口の島に年間100万人の観光客があり、関西から近いので、手軽なレジャーの島として生き残っているようです。
 4時前の高速船で高松に戻り、快速「マリンライナー」で瀬戸大橋を渡り、児島まで来て、岡山からの「しおかぜ」に乗り換え、瀬戸大橋からの夕暮れの瀬戸内海を二度楽しみ、新居浜に向いました。
新居浜のお宿は東横イン新居浜駅前1年程前に開業でた14階建て新しいホテル。ツイン2泊、朝食付で会員価格約14、000円とお安いのですが、宿泊実績が10泊になったのでシングル料金、1泊分無料とのことで9,800円になりました。東横インを良く利用するのは。コインランドリーが確実にあることで、今回もそれを狙いました。 ホテルの近くの紹介された居酒屋で「ふぐざく」なるものを頂きました。ふぐの刺身,皮を小鉢に盛り、ポン酢、もみじおろしなどをかけたもので、ふぐ刺しの味を簡単に味わえるものでした。 新居浜は下関に次ぎ、ふぐで有名とのこと??
 25日は別子銅山観光です。新居浜駅からバスで20分の「マイントピア別子」は別子銅山観光のセンターで、333mの鉱山鉄道がありました。


別子銅山上部鉄道のSL1号機は伊予鉄道の機関車と同じドイツ、クラウス社製で、別の施設で保存されており、この観光鉱山鉄道はその80%モデルとのこと。プッシュプルの電気機関車で客車の後端にも運転台があります

実物のゲージは伊予鉄と同じ、762mmとのことですが、この観光鉄道のゲージは分かりません。3軌道集電です。短い鉄道ですが、トンネルや鉄橋があり楽しめます。この鉄道の終点は端出場地区、江戸時代と近代の観光坑道があり、地下1000mの鉱区まで行くエレベータがありました。しかし、地下1000mまでは行けません。端出場地区は標高150mぐらいですが、近代の採掘の拠点、標高750mの東平(とうなる)地区まで、細い山道をマイクロバスで30分かけて登ります。ここには5500人の鉱山従業員とその家族がかって住んでおり、小中学校もあったとのことです。

巨大な貯鉱場の遺構があり、「東洋のマチュピチュ」などと称して、観光宣伝しております。
 26日は新居浜9:00発「しおかぜ1号」で松山。「宇和海9号」に乗り継ぎ、八幡浜へ。

 

 松山終着「しおかぜ1号」8000系は1番線到着。同じホームに宇和島から「宇和海9号」が進入。両列車の間は約50m。乗換に便利なサービスです
八幡浜11:00、3番線到着。エレベータもエスカレータもない跨線橋を渡るのに「よぼよぼ爺さん」は難儀しました。新居浜駅では上下特急とも駅舎に直結した1番線ホームに到着。便利でした。1時間に1本の特急ですので可能で良いサービスと思いました。しかし、八幡浜駅では何故?タクシーの運転手にこぼしましたら、前にも同じようなことを言われたとのこと。JR四国は松山以南ではなにもやらない!とのこと。この旅で九大本線の豊後中村駅でも同じ目にあいましたが、どうやら、両駅ともスプリングポイントなので、列車の方向に依り、到着ホームが決まってしまうようです。!

 八幡浜駅から予約してあったタクシーで佐田岬半島稜線を行く、メロディラインを走ります。トンネルの出口のいくつかに路面に凹凸を作り、その上に車が走ることで、タイアと路面の間でメロディを奏でるとのことでした。「瀬戸の花嫁」は聞くことが出来ました。
たまねぎのひげの最も狭い所に道の駅がありました。ここからは宇和海、瀬戸内海の両方が望めます。

 

左が宇和海、右が瀬戸内海です。この道の駅の三崎寄りの橋上で車の左右に両方の海を見ることが出来ますので、地峡の幅は1kmを切るものと思います。三崎港から 九四国道フェリーで、九州、大分市の佐賀関港に向いました。



上が四国、佐田岬、下が九州、佐賀関半島です。
 佐賀関港からタクシーで15分、JR九州日豊本線幸崎駅です。

 

幸崎駅には意外にも熊本地区で専ら走っていた2両編成ロングシートワンマン通勤電車815系が入って来ました。どうやら、日豊線中津~大分~幸崎、佐伯間のローカルはこの電車に置き換えられたようです。大分駅で、北九州市内~別府、大分の4枚キップを求め、白いソニック885系に乗りました。JR四国のしおかぜ8000系は単線でロングレール化もしていない区間がある予讃線を飛ばすので、大揺れし、トイレに行くのにも怖かったのですが、日豊線大分以北は複線でロングレール化しているようで、乗り心地は格段の違いでした。「ソニック」は博多~小倉~別府、大分間を30分ヘッドで運転しており、乗客も多く、JR九州のドル箱ではないかと思います。北九州では一番上の孫が入った高校の文化祭を見学したり、孫たちとお食事をしたりして、ゆっくり過ごしましたが、TOTOミュージアムも見学しました。

有名なトイレの歴史の展示です。
 28日朝の「ソニック」で大分に引き返し。久大本線で豊後中村まで行きます。日中の豊後中村に行く列車は大分12:53発しかありません。日田の先の鉄橋が流され、不通になっているとは言え、由布院~日田間も不通状態。これにも臆せず、筋湯温泉に行きました。

 

125系気動車は14:25に豊後中村に到着。交換設備もあり、立派な駅舎もあります。ここはミヤマキリシマで有名な九重連山の玄関口。豊後中村は九重(ここのえ)町の中心。駅舎も九重町が建てたようで、観光協会があります。キップ売り場もありますが、観光協会でやっているようです。路線バス(日田バス)も撤退。筋湯まで九重町がマイクロバスを運行。これで、40分、筋湯温泉に着きました。
1000年の歴史を持つ温泉で、30軒ほどの小さな宿が打たせ湯という共同浴場を中心にひしめいています。ここのお宿は旅館かくおや、湯治宿を整備したようで、6畳和室バス、トイレなし、一泊2食税・サ込みで8000円と格安です。お料理は山のものでそんなに悪くありません。打たせ湯まで30m。入湯料300円ですが、旅館宿泊客は無料です。


                         (筋湯温泉HPより)

 2.5mぐらいの高さから、16本ほどの温泉が浴槽に落ちています。これに患部をうたせて、湯治するそうですが、骨が弱くなっている爺さんは遠慮しました。こんなところにも外国人観光客がいました。インド系アメリカ人だそうです。
 29日も九重町コミュニティバスで豊後中村まで行き、特急「ゆふ83号」で別府に向いました。日田発で185系3連ですが乗客は数人でした。

別府は何回も泊まりましたが、ランドマーク的な杉乃井ホテルには泊まったことはありませんでした。先に行った伊豆の大仁ホテルのようにかっての一流ホテルも安売りホテルチェーンの手に落ち、お安く泊れるところも多いようで、ここはどうかな?とチェックしてみました。 じゃらんで1ヶ月程前に見ましたら、約15,000円。その10日後にチェックしてみましたら、なにやら特別クーポンなどがあり、結局、約11,000円(1泊2食、税・サ込)ぐらいになり、このバジェット・トラベラーお好みのお値段になりました。


                                  (杉乃井ホテルHPより)

 別府観海寺温泉の丘の上に3棟の巨大なホテルが聳えています。収容人数2,900人というマンモスホテルです。別府駅から無料シャトルバスで、本館低層階限定ということでしたので、本館に着くと、係員がhana館6階に特別にグレードアップしたとのこと。何でこんなサービスをしてくれるのでしょうか?初めての安価なプランの客というのに!?断る理由もありませんので、有り難く従いました。6階の別府湾が見渡せる8畳ぐらいの和室とセミダブルのツインベッドがある広いお部屋でした。前日の筋湯温泉の宿の部屋の6倍ぐらいありそうです。問題は目玉の大野天風呂「棚湯」とお食事どころのビュッフェレストラン「シーダパレス」は別棟の杉乃井パレスにあり、爺さんの足では10分はかかりそう!館内シャトルバスを利用しましたが、ゆかたを着て、マイクロバスに乗るというのは妙な感じです。
 棚湯は棚田を模した露天風呂で、その端と下界が直接つながっているような感覚になりました。不思議に外国人がいないな?と思いましたが、棚湯で横に浸かっていた人が韓国語で話していましたので、ここは韓国の方々御用達の宿のようです。脱衣場の注意事項など、日本語とハングルでのみ書かれており、温泉好きの韓国人の憧れのところかも知れません。
 ビュッフェレストラン「シーダパレス」に入ったとき、妙な感覚に襲われました。どこか、少し前にお食事をしたところと思われました。そうです。アメリカ、ラスベガスのカジノホテルのビュッフェレストランと全く同じです。人口の屋外を演出する蒼空から夕暮れの色にまで変わる天井の下に西洋風の家が建ち並び、その下に料理をサービスするカウンターがあります。サービスするお料理は違いますが!
 杉乃井ホテルは別府のラスベガスを目指しているのかも知れません。ともあれ、これも温泉のひとつとして、楽しみました。

翌29日はゆっくり午後のJAL便で大分空港から、1時間少しで羽田でした。

 以上、ケチを信条とするバジェット・トラベラーのよぼよぼ爺さんの時間の余白がたっぷりとあるリホーム退避旅行でした。

(2018-6-11)